遺言により相続人が財産を取得したとき、第1表の取得原因欄は「相続」と「遺贈」のどちらを選ぶのか。国税庁の様式説明・記載例と、民法・相続税法の条文、判例から整理しました。
相続税申告書 第1表の「取得原因」欄(相続・遺贈・相続時精算課税に係る贈与)について、
社内で次の2つの運用が併存している。
調べても「遺贈は相続人を含まない」とは書かれておらず、
「相続人以外に財産を渡したい場合は遺贈するしかない」としか書かれていない。
遺言で分割する場合、国税側から見るとどちらが正しいのか。
税務署の申告書様式の記載例も踏まえて整理してほしい。
運用A・運用Bのどちらも、そのままでは正確ではありません。
「遺言かどうか」ではなく、遺言の文言で決まります。
相続人が取得する限り、どちらに付けても相続税額は変わりません。
これまで相続人の取得を「遺贈」として申告していた分について、税額に影響がなければ修正申告や更正の請求の対象にはならないと考えられます。
| 取得のしかた | 取得原因 | 根拠の要点 |
|---|---|---|
| 「〇〇に相続させる」と書かれた財産を相続人が取得(特定財産承継遺言) | 相続 | 遺産分割方法の指定であり遺贈ではない(最高裁平成3年4月19日判決、民法1014条2項) |
| 「〇〇に遺贈する」と書かれた財産を相続人が取得(相続人に対する特定遺贈・包括遺贈) | 遺贈 | 民法上の遺贈。受遺者を相続人以外に限る規定はない(民法964条) |
| 相続人以外の者(第三者・法人等)が遺言で取得 | 遺贈 | 相続人でない者は相続による取得ができない |
| 死因贈与により取得 | 遺贈 | 相続税法上、遺贈に含まれる(相続税法1条の3第1項の括弧書) |
| 遺産分割協議により相続人が取得 | 相続 | 通常の相続 |
国税庁「相続税の申告のしかた(令和8年分用)」の第1表の記入説明は、
「取得原因は、該当する項目に『1』と記入してください」とあるだけです。
同冊子の用語説明も「遺贈とは、被相続人の遺言によってその財産を移転することをいいます」とするにとどまり、
税務署配布の申告書記載例も遺産分割協議で分けた事例で、遺言の事例は載っていません。
つまり様式側に答えはなく、その取得が民法上「相続」なのか「遺贈」なのかという法的性質で判断することになります。
相続税法は「相続又は遺贈」の遺贈を民法からそのまま借りており、遺贈の相手を第三者に限る規定はありません。
| 項目 | 相続人が「相続」で取得 | 相続人が「遺贈」で取得 | 相続人以外が「遺贈」で取得 |
|---|---|---|---|
| 基礎控除・税率 | 影響なし | 影響なし | 影響なし |
| 相続税額の2割加算 | 続柄で判定 | 続柄で判定 | 原則対象 |
| 債務控除(相続税法13条) | 可 | 可(相続人なら可) | 包括受遺者のみ可 |
| 生命保険金等の非課税 | 可 | 可(相続人なら可) | 不可 |
| 配偶者の税額軽減・小規模宅地等の特例 | 可 | 可 | 要件を満たせば可 |
取得者が相続人である限り、「相続」「遺贈」のどちらに1を付けても税額は変わりません。
区分が税額に効いてくるのは、相続人以外の受遺者や、相続放棄した者が遺贈により取得した場合です。
相続税申告書 第1表には、財産を取得した人ごとに「取得原因」欄があり、
「相続」「遺贈」「相続時精算課税に係る贈与」のうち該当するものを選びます。
国税庁「相続税の申告のしかた(令和8年分用)」の第1表の記入説明(37ページ)は次のとおりです。
取得原因は、該当する項目に「1」と記入してください。
同冊子の冒頭「相続税のあらまし」(1ページ)の用語説明は次のとおりです。
(2) 遺贈 遺贈とは、被相続人の遺言によってその財産を移転することをいいます。
(注)贈与をした人が亡くなることによって効力を生じる贈与(これを死因贈与といいます。)については、相続税法上、遺贈として取り扱われます。
税務署配布の「相続税の申告書の記載例」は、父が亡くなり母と子2人が遺産分割協議で分けた事例であり、遺言により取得した事例は載っていません。
以上のとおり、国税庁の様式説明には「遺言で取得した場合はどちらを選ぶか」という基準は書かれていません。
したがって、取得原因の区分は、その取得が民法上「相続」なのか「遺贈」なのかという法的性質で判断することになります。
参照先:相続税の申告のしかた(令和8年分用)目次第1表の記入説明(PDF・37ページ)相続税のあらまし(PDF・1ページ)申告書の記載例(PDF)
相続税の納税義務者を定める相続税法1条の3第1項は、
「相続又は遺贈(贈与をした者の死亡により効力を生ずる贈与を含む。以下同じ。)により財産を取得した」者を対象としています。
相続税法は「遺贈」の独自の定義を置いておらず、死因贈与を含める拡張をしているだけです。
したがって「遺贈」の意味は民法に従います。
民法964条は「遺言者は、包括又は特定の名義で、その財産の全部又は一部を処分することができる」と定め、
遺贈の相手方(受遺者)を相続人以外の者に限定していません。相続人も受遺者になれます。
「遺贈は第三者に渡すもの」という理解は、「相続人以外の者に財産を渡すには遺贈によるほかない」という実務上の説明が逆向きに読まれたものと考えられます。
民法上「遺贈の相手は第三者に限る」という規定はありません。
参照先:相続税法(e-Gov法令検索)民法(e-Gov法令検索)タックスアンサー No.4102 相続税がかかる場合
特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言は、
遺贈と解すべき特段の事情がない限り、遺産分割方法の指定(民法908条)であり、
被相続人の死亡の時に直ちにその遺産がその相続人に相続により承継されるとされています(最高裁平成3年4月19日第二小法廷判決)。
この類型は平成30年の民法(相続法)改正で「特定財産承継遺言」として明文化されました。
民法1014条2項は「遺産の分割の方法の指定として遺産に属する特定の財産を共同相続人の一人又は数人に承継させる旨の遺言(以下「特定財産承継遺言」という。)」と規定しています。
よって、「相続させる」旨の遺言で相続人が取得した財産は、民法上「相続」による取得であり、
第1表の取得原因も「相続」です。
不動産登記の実務でも登記原因は「相続」とされ、「遺贈」とはされません。
遺言書に「相続させる」と書かれていても、相手が相続人でない場合は相続による承継ができないため、
遺贈と解されます。この場合の取得原因は「遺贈」です。
参照先:民法908条・1014条(e-Gov法令検索)最高裁平成3年4月19日判決(民集45巻4号477頁)
遺言書に「長男に〇〇を遺贈する」「相続人全員に各3分の1ずつ包括して遺贈する」のように書かれていれば、
取得者が相続人であっても民法上は遺贈(特定遺贈・包括遺贈)です。
この場合の取得原因は「遺贈」になります。
包括遺贈を受けた者(包括受遺者)は相続人と同一の権利義務を有し(民法990条)、
第1表の付表1(相続人及び包括受遺者の明細)にも記入します。
相続人への遺贈は、相続税の計算上は相続とほぼ同じ扱いになりますが、
民法上の性質が遺贈である以上、取得原因欄は「遺贈」と表示するのが条文に沿った記入と考えられます。
取得者が相続人である限り、「相続」「遺贈」のどちらに1を付けても相続税額は変わらないと考えられます。
主な項目の判定は次のとおりです。
| 項目 | 判定のしかた | 根拠 |
|---|---|---|
| 基礎控除・相続税の総額 | 法定相続人の数で計算し、取得原因の区分には左右されない | 相続税法15条・16条 |
| 相続税額の2割加算 | 被相続人の一親等の血族・配偶者以外の者が対象。続柄で判定し、相続か遺贈かでは判定しない | 相続税法18条 |
| 債務控除 | 相続人又は包括受遺者であれば、遺贈による取得でも控除できる。相続人以外の特定受遺者は控除できない | 相続税法13条1項 |
| 生命保険金等・退職手当金等の非課税 | 相続人が取得した場合に限る。相続放棄した者・相続人以外の者は対象外 | 相続税法12条1項5号・6号 |
| 配偶者の税額軽減 | 相続又は遺贈により取得した財産が対象。遺言による取得は分割済みとして扱われる | 相続税法19条の2 |
| 小規模宅地等の特例 | 相続又は遺贈により取得した宅地等が対象。親族要件等は別途判定 | 租税特別措置法69条の4 |
区分が税額に効いてくるのは、次のような場合です。
したがって、これまで相続人の取得を「遺贈」として申告していたものについて、
税額に影響がない限り、修正申告や更正の請求の対象にはならないと考えられます。表示の区分の問題にとどまります。
参照先:相続税法(e-Gov法令検索)相続税法基本通達 第13条関係(債務控除)
| 制度 | 扱い | 根拠 |
|---|---|---|
| 不動産取得税 | 相続・包括遺贈・相続人に対する遺贈による取得は非課税。相続人以外への特定遺贈は課税 | 地方税法73条の7第1号 |
| 登録免許税(所有権移転) | 相続人に対する遺贈も相続と同じ税率(1000分の4)。相続人であることを証する書類が必要 | 登録免許税法別表第一 |
| 農地の取得(農地法3条の許可) | 相続・包括遺贈・相続人に対する特定遺贈は許可不要 | 農地法3条1項16号、同法施行規則15条5号 |
相続税額に差が出にくいのは、こうした「相続人への遺贈は相続並み」という扱いが制度の各所にあるためです。
参照先:地方税法(e-Gov法令検索)登録免許税法(e-Gov法令検索)農地法(e-Gov法令検索)農地法施行規則(e-Gov法令検索)
いずれも別タブで開きます。国税庁の冊子は年分ごとに改訂されるため、申告する年分の版を確認してください。
第1表の記入説明(37ページ)に「取得原因は、該当する項目に『1』と記入してください」とある。1ページの「相続税のあらまし」に相続・遺贈・相続時精算課税に係る贈与の用語説明がある。
1条の3(納税義務者・「相続又は遺贈(贈与をした者の死亡により効力を生ずる贈与を含む。)」)、12条(非課税財産)、13条(債務控除)、18条(2割加算)、19条の2(配偶者の税額軽減)。
特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言は、遺贈と解すべき特段の事情がない限り遺産分割方法の指定であり、被相続人の死亡の時に直ちにその遺産がその相続人に相続により承継される。